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No.6
きみのかおり
Twitter再録/
「あなたのかおり」
の続き
司歳台への定期報告を終え、あとはロドスに戻るだけとなった。
国外では入手困難な菓子や物資の買い出しもほとんど終え、一息つく。
……あとは、いつも焚き染めている香を買い足せば。
ロドスに駐在することになったら、香を焚く習慣は途切れると思っていた。
炎国と龍門、極東以外では入手が難しいうえ……同居人はそういったものが苦手だと、勝手に思い込んでいたから。
「まさか、小禾が……」
試しに焚き染めるのを止めてからしばらくして、彼に言われた。
「……君の香りが薄くなっていくのが、何故か寂しいんです」と。
その言葉を契機として、関係が変わった。
互いに向けていた感情が同じであったことも手伝い……一気に親密になり、今へ至る。
驚きも楽しさも、二人で共有できるのが嬉しかった。
「………」
行きつけの香舗に入り、予め取り置いてもらった抹香を受け取る。
焚くのに必要な灰や炭も足しておこう……と思った、その時。
「……これ、は?」
「ヴィクトリアやリターニアの香調を取り入れた新作なんですよ、お目が高いですね」
「……爽やか……」
鼻腔を擽ぐるのは、普段とは全く違う香り。
けれどその爽やかさは……彼を彷彿とさせるもので。
「ええ。今ズオ公子が着けていらっしゃるものとこちらでしたら、良く合うかと」
「……では、これをいただきましょう」
「かしこまりました」
「若草や新芽をイメージした」という香りは、きっと彼に相応しいと思ったから。
***
「お帰りなさい。早かったですね」
「道中が順調でしたので」
「荷物、部屋まで運びますよ」
「ありがとうございます……では、こちらをお願いできますか?」
食品や酒が入ったバッグを示せば、小禾は頷き持って行ってくれた。
「さて……いつ渡しましょうか」
タイミングが図り辛い。
素直に渡すのも、面白くないだろうとは思うが……
色々と思索しつつ、私は部屋へ向かった。
***
「シャオホー?」
部屋に入ると、荷物はあれど彼は居ない。
何か急用が入ったのだと考え、私は荷解きをある程度終え……香と道具一式を取り出した。
ライターで着火し、不燃マットの上に置いた香立に挿す。
少し待つと、柔らかく爽やかな香りが室内に広がった。
「……いい、香り」
爽やかでありながら、落ち着いた香り。
暫しその香に包まれ微睡んでいるうち、ドアが空いた音で目が覚めた。
「すいません、療養庭園の方々に呼ばれて……」
「ああ……お帰りなさい、小禾」
「……お香、変えたんです……?」
「これ、は」
部屋に入ってきた彼は、困惑した表情を浮かべた。
そして、私の返答を待たずに……絞り出すような声で言う。
「炎国に戻っている間に……何か心変わりしたんですか……?」
***
絞り出すような、苦しさ紛れの声。
……違う、私は貴方にそんな表情や声をさせたかったわけではない。
……ただ、私の選んだ香りで染めてしまいたかっただけで。
「違います!これは……」
「いつもと全然違いますよね?この香り、僕は初めてです」
「小禾……」
「……心変わりじゃなかったら、何なんですか」
そう言う彼は、表情も声も、とても淋しげで。
……だから私は、必死に言葉を尽くす。
機嫌を損ねた彼の誤解を解いてもらうために。
「……貴方に合う、と思ったのです」
「え……?」
「是非とも、貴方に纏って欲しい香りだと……その時に……」
「欲」を隠しつつ紡ぐ、拙い言葉。
上手く言語化出来ていない私自身に、歯痒さを覚える。
「……本当ですか?心変わりではなく?」
「……はい」
「……あなたがそう言うなら」
嫌味めいたことを言われるのかと思っていた。
けれどそんなことはなく……むしろそれがない分、逆に怖い。
……その一方で「欲」を悟られずに、安堵した。
「純粋に、嬉しくて。僕はこういったことに疎いですが……」
「………」
「あなたが選ぶものに、間違いはありませんから」
ふとした時に見せる微笑みが、かわいらしい。
……心変わりなんてしませんし、私もさせませんから。絶対に。
アクナ
,
禾烛禾SS
,
2025.1.30
No.6
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司歳台への定期報告を終え、あとはロドスに戻るだけとなった。
国外では入手困難な菓子や物資の買い出しもほとんど終え、一息つく。
……あとは、いつも焚き染めている香を買い足せば。
ロドスに駐在することになったら、香を焚く習慣は途切れると思っていた。
炎国と龍門、極東以外では入手が難しいうえ……同居人はそういったものが苦手だと、勝手に思い込んでいたから。
「まさか、小禾が……」
試しに焚き染めるのを止めてからしばらくして、彼に言われた。
「……君の香りが薄くなっていくのが、何故か寂しいんです」と。
その言葉を契機として、関係が変わった。
互いに向けていた感情が同じであったことも手伝い……一気に親密になり、今へ至る。
驚きも楽しさも、二人で共有できるのが嬉しかった。
「………」
行きつけの香舗に入り、予め取り置いてもらった抹香を受け取る。
焚くのに必要な灰や炭も足しておこう……と思った、その時。
「……これ、は?」
「ヴィクトリアやリターニアの香調を取り入れた新作なんですよ、お目が高いですね」
「……爽やか……」
鼻腔を擽ぐるのは、普段とは全く違う香り。
けれどその爽やかさは……彼を彷彿とさせるもので。
「ええ。今ズオ公子が着けていらっしゃるものとこちらでしたら、良く合うかと」
「……では、これをいただきましょう」
「かしこまりました」
「若草や新芽をイメージした」という香りは、きっと彼に相応しいと思ったから。
***
「お帰りなさい。早かったですね」
「道中が順調でしたので」
「荷物、部屋まで運びますよ」
「ありがとうございます……では、こちらをお願いできますか?」
食品や酒が入ったバッグを示せば、小禾は頷き持って行ってくれた。
「さて……いつ渡しましょうか」
タイミングが図り辛い。
素直に渡すのも、面白くないだろうとは思うが……
色々と思索しつつ、私は部屋へ向かった。
***
「シャオホー?」
部屋に入ると、荷物はあれど彼は居ない。
何か急用が入ったのだと考え、私は荷解きをある程度終え……香と道具一式を取り出した。
ライターで着火し、不燃マットの上に置いた香立に挿す。
少し待つと、柔らかく爽やかな香りが室内に広がった。
「……いい、香り」
爽やかでありながら、落ち着いた香り。
暫しその香に包まれ微睡んでいるうち、ドアが空いた音で目が覚めた。
「すいません、療養庭園の方々に呼ばれて……」
「ああ……お帰りなさい、小禾」
「……お香、変えたんです……?」
「これ、は」
部屋に入ってきた彼は、困惑した表情を浮かべた。
そして、私の返答を待たずに……絞り出すような声で言う。
「炎国に戻っている間に……何か心変わりしたんですか……?」
***
絞り出すような、苦しさ紛れの声。
……違う、私は貴方にそんな表情や声をさせたかったわけではない。
……ただ、私の選んだ香りで染めてしまいたかっただけで。
「違います!これは……」
「いつもと全然違いますよね?この香り、僕は初めてです」
「小禾……」
「……心変わりじゃなかったら、何なんですか」
そう言う彼は、表情も声も、とても淋しげで。
……だから私は、必死に言葉を尽くす。
機嫌を損ねた彼の誤解を解いてもらうために。
「……貴方に合う、と思ったのです」
「え……?」
「是非とも、貴方に纏って欲しい香りだと……その時に……」
「欲」を隠しつつ紡ぐ、拙い言葉。
上手く言語化出来ていない私自身に、歯痒さを覚える。
「……本当ですか?心変わりではなく?」
「……はい」
「……あなたがそう言うなら」
嫌味めいたことを言われるのかと思っていた。
けれどそんなことはなく……むしろそれがない分、逆に怖い。
……その一方で「欲」を悟られずに、安堵した。
「純粋に、嬉しくて。僕はこういったことに疎いですが……」
「………」
「あなたが選ぶものに、間違いはありませんから」
ふとした時に見せる微笑みが、かわいらしい。
……心変わりなんてしませんし、私もさせませんから。絶対に。