No.9

先生と僕


ズオくんが人外の存在と成り果て、過去の縁者に似た人に囲まれるif世界線

この天師府には、農業や土木を専門とする天師が炎国全土から集まる。
けれど僕は、ここで育って農業を志し、農業天師を志した。

「禾生、この後はどうする?」
「これから先生のところに。依頼されていたデータが採れたので」
「そうか……なら、また今度だな。ウチの研究室の火鍋会」
「火鍋会、美味しいのでご一緒したいですが……」

実習畑で採れた作物はデータ採取に供されたのち、安全なものは火鍋会で食べるのが畑作系の常だった。
食べられない分も、汚染度が一定以下のものは堆肥として余す所なく有効に活用する。

……火鍋会は楽しみで、行きたいけれど、先生にも……

「ああ、禾生」
「先生!」
「データ……戴いて行きます。楽しんできてください」

それだけ言うと、僕の手からファイルを抜いて去っていく。
今日は作業服ではなく袴だったあたり、試験田には出ないのだろう。

「あ……」
「公子先生、いつも仮面着けてるしあんなん(・・・・)だから……何考えてるかわかりづらいんだよな」
「……厳しいところはとても厳しいですが、普段はとても優しい方です」

プライベートでは親代わりである、僕の先生(指導天師)
ここから上流の村の川が氾濫して流れ着いた僕を拾って、皆と一緒に育ててくれた。
村の皆と先生に恩返しをしたくて、僕は農業天師を目指したと言ってもいいくらい。

「で、来るのか?」
「ええ……」
「わかった。じゃあまた夜になったら俺たちの研究室に来てくれ」
「はい!」

着替えるために天師府から出て、勝手知ったる畦道を歩く。

村の皆は神農祭に向けて劇や曲の練習をしているので、いつにも増して賑やかだ。
そして牧獣の傍らで笛を練習する幼馴染(シャオマン)と目が合ったので、手を振ると笑い掛けられた。

「……万頃」

万頃。
遠い昔(・・・)に作り出された、源石汚染に高い耐性を持つ品種。
その改良に多大な貢献を果たした天師は、大荒城の未曾有の危機を救ったとも伝えられる。
神農祭では、その伝承を劇として演じ神農と万頃(その天師)に奉じている。

……そして先生は「万頃をさらにより良き品種とすること」をライフワークと公言するほどに、深い思い入れがあるらしい。
僕がどれだけ尋ねても、はぐらかされるばかりで教えてもらえないけれど。

「……値、今年は上がっているといいな」

時間の余裕もそんなにない。
だから僕は、家路を急いだ。

風に吹かれた「万頃」の稲穂は、重たげにゆっくりと揺れていた。

アクナ,未来の涯、過去の面影,