No.12

そして彼は、種を蒔く


ズオくんが遠い未来の涯で、過去の縁者によく似た人々に囲まれて過ごすif世界線

近年となっては珍しい大氾濫だった。
この土地に張り巡らされた水路にも、上流から運ばれた泥色に濁った水が流れている。
……治水技術も日々進歩しているけれど、時として自然はそれ以上の力をぶつけてくる。

報告される被害状況データを整理する作業に、一区切りを付ける。
仮面をつけ、指導している学生たちの試験田の様子を確認するために研究室を出た。

「……ああ、今日は」

5月6日。
立夏。
貴方(・・)が、此処の皆に迎え入れられた日。

「貴方の誕生日、でしたね」

そっと、左耳で揺れる耳飾りに触れる。
神ではない貴方(・・・・・・・)が確かに居たことを示す証。

「……小禾」

***

「先生!来てください!」
「どうしました?」

私の姿を見つけるなり、数人の学生たちが駆け寄ってきた。
後ろには、試験田の世話を任せている農家の方々も。

「試験田に、木桶が……」
「……木桶?」
「こっちです!」
「わかりました」

その時……突然脳裏に過った。
貴方(・・)が「迎え入れられた」経緯を、シュウから聞いた時のことが。

……まさか、そんな偶然が?

「おお、公子先生だ!」
「桶の中に赤ん坊が……」
「時期的に、上流のあの村かね……?」

フォルテの赤子(・・・・・・・)
耳を疑った。

「……見せていただけますか」

心は逸る。
過ちを犯し「ヒトならぬモノ」と成り果てて以降、こんなに逸ることなんて初めてで。
……はやく、もしかしたら、もしかして。

「こんなに大きな角を持ってるやつ、そうそう居ないよな」
「目もくりっとしてて、かわいいわね!」

ああ。
こんな奇跡があって、いいのでしょうか。
農家の女性に抱き上げられた赤子は、遠い記憶の彼方にある「赤子の写真」に映っていた貴方(・・)だった。

……「運命」という言葉の意味を、私はその時ようやく理解した。

***

「あのフォルテの赤ん坊、上流から流されてきたみたいだけれど……村が全滅していたのよ」
「………」
「……だから、大荒城の皆で育てましょうという話になって」
「そう……ですか」
「……皆、あなたに名付け親になって欲しいそうよ」
「!?」

話の流れが急に私の方に向かってきて、思わず噎せる。
咳き込む私が落ち着くまで、白と黄と青を纏う同僚の女性天師(・・・・・・・)は静かに見ていた。

「……失礼しました」
「構わないわ。それで、受けるの?」
「……それは」
「……『万頃」にしか興味を示さなかったあなたが、あそこまで感情を出すなんて珍しいから」
覚えて(・・・)いるのでしょう?」
「……断片的にだけ」
「私で、いいのでしょうか」
「あなただからこそ、よ」
「……わかりました」

そう答えれば、同僚の女性天師(かつての貴方の師の雛)は、穏やかに笑った。

***

「禾生」

名を呼ぶ。
響きのひとつひとつが、愛おしい。

「……先生?」
「今夜の夕食……どうしますか?」
「ちょうど、畑作の研究室から野菜をいただいたんです」
「……では、羽獣のスープでも作りましょうか」
「はい!」

穏やかで、優しくて、安寧に満ちた日々。
貴方(・・)が居て、小満が居て、皆が居る。

……いつまでも続いて欲しいと、願ってしまった。

アクナ,未来の涯、過去の面影,